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愛と自己防衛の違い(旧HPより)


*このブログは旧HPの独り事に書いていたものです。

 

ハートってなんでしょうね?
ハートで生きましょう、ハートで考えましょう!
スピリチュアルの世界ではこの言葉を良く使います

でもハートが何か、そして使い方が分かってないとそれらは理解不能ですよね?
マインドとハートの違いってそもそも何なのでしょうか?

実はハートもマインドもたんなる機能だと私は思っています
マインドは常に過去です、ハートは今にしかいません

では、過去と今(現在)の違いはなんでしょう?
過去は情報です

では今はなんでしょう?
ただ見えているもの?ただそうであるもの?
言葉で表現するのはとても難しいですよね

でも今と過去の違いを理解することは、人生に大きな変化と流れをもたらします
今は常に動いています
過去は記憶の中だけの産物で動いていません

じゃ未来は?

未来は過去です
過去からの情報をもとに組み立てたイメージや希望

未来は存在しません
過去もあるようでないですよね

ま、本当は今しかないとよく言っているのはこういう事です
では今ってなんなのか?と考えてみたらどうでしょう

過去、現在、未来という言葉はどれも曖昧です
この文章を書いているのは今のようですが、過去で未来で現在です
何を書こうかなと過去からの情報をもとに未来を考えています

今ってどこにあるのでしょう?
書いている行為だけですよね
そう、自分のとっている行為だけが今なのかもしれません

だったら皆今を生きてますよね?
頭の中で過去を振り返っていても未来を夢見ていても、その行為自体が今です
自分の行動や考えている内容はどうでもいいって感じ?(笑)

常に自分の行為を客観的に見ることができれば、それは今なんです
ハートで生きるっていかにも喜び溢れていて素晴らしいことのような感じがしますが
実は、ただ自分の行為を知っているという事だけなんじゃないでしょうか?

喜びを感じるにはハートだけでは足りませんハートとマインドが一緒に働いてやっと得られるものだと思います
情報をもとにしたマインドの分析や判断がなければ人はそれを知りたいとか理解しようとはしないでしょう?

ハートの見る目が無ければ、今目の前にある事実を見ようとはしないでしょ?
だからマインドが悪いわけでもハートが良いわけでもなく
両方を一緒に使えることが喜びに溢れた豊かな人生につながるんじゃないかな?

ハートとマインドが一緒に動き出すと、新しい認識が目覚め始めます
でもまずはマインドの癖である「事実をみないこと」を変える必要があります
そして、ハートを目覚めさせ「事実をみること」を練習する必要があります

両方がバランスよく機能してきたら、人生はスムーズに流れだし
人間は健康になり、感覚がよみがえるんじゃないかな?

これらを練習するのに役立つのが瞑想です^^
瞑想を初めると、意味が分からず喜びの感覚に目覚める時があります
これは私たちの中にある内なる目が開いた時に感じる感覚なのだと思います
だって人生は常に祝福と喜びに満ち溢れていますからね
瞑想で喜びを得たのではなく、私たちはいつも喜びと一緒にいたのだ!ということに気が付いたんだと思います

人はよく不平不満を言います、あれが欲しいのに手に入らない、世の中がどうだ、あの人はこうだ、などなど
その時も喜びや祝福は常にわたしたちと一緒にあります
マインドを重視していると分析結果にこだわったり不平不満になりやすいですし、ハートを重視していると何がなんだかよくわならい曖昧な漠然とした感じでしょう

両方が合わさると、感覚になるんだと思います
でもその喜びや祝福って、奇跡のような神秘的な至福感ではなく、ごくごく自然な呼吸のようなものです

とっても精妙でいつも一緒にあるので気が付きにくいだけなのです
でもね、マインドとハートが統合されて一緒に動き出すとその精妙な感覚が一瞬リアルに感じます
その瞬感、私たちの内側からあふれ出すような喜びや至福感に感じたりします
奇跡を感じます、これが喜びの感覚で至福感なのか!と人は喜び驚きます
でもそれらはやがて薄まってしまったような気がします
無くなったのではなく、鈍っていた回路が開いて一瞬驚いたけど、それが正常な動きにもどっただけです
そういう神秘的な体験をすると人々はまた過去と未来を追い求めます
あの感覚を再び得たい、どうすればいいんだ、何故消えたんだろう
いつも一緒にあるのに、それらを探しに行こうとします

探すのをやめてみてください
きっと目の前にありますよ^^

得られない理由は、探すからです
人生も同じです、人生とは何か?を考えすぎたり探しすぎると余計に迷います

人生は単純です
今この瞬間にあるもの、もしくは今の自分を見るというだけです
そこに全ての答えがあります、必要なものも全てそろってたりします

それらをどう使うのか?はあなた次第です
それらを使って大きな冒険をし派手に楽しんでもいいでしょうし、シンプルに楽しんでもいいと思います
今あるものを使わないで、探しに行こうとしても何も見つからないか振り出しに戻るだけです

だから人生や自分探しがしたいのなら、そして喜びを感じたいのなら
まず今あるものちゃんと見て使いこなしてみてくださいね
人生に迷うのは、今あるものを否定しているか、今あるものを見ていないかのどちらかです
今あるものを否定する理由は、自分を正しく見ていないからです(笑)
自分の頭の中(考えや妄想)ばかりを見ていると、今の現状を受け入れることは難しいのです

それを無知と言います
正しく見れないという意味です
自分を好きになれない人も同じ、自分を見ているんじゃなく情報に左右されているだけです
自分の頭の声はほとんどが過去の情報です

常に他の誰かや他の何かと自分を比べています
そして、その情報に当てはまらない自分を嫌うのです
逆を言えば、自分を好きなんだと思います
自分が好きだから、出来ない自分を許せないんです
自分の事が好きじゃなければ、他の人と比べて自分を嫌ったりしませんよね
自分が好かれようが、嫌われようが、出来ようが、出来まいが、どうでもいいわって思うんじゃないでしょうか?(笑)

まぁ、自分の事が好きだから人の目を全くきにしないっていう人もいますが^^
だったら好きという事を受けれた方が楽だと思います^^
あー、自分の事が好きだから腹が立つんだって分かれば楽になれます

他者に腹が立つ人も同じです
他のことに怒りを感じるのは、自分を好きだからです
他の人や他のものが悪いから、腹が立つのではないんだと思います
でも自分が好きだという気持ちと自己防衛がごっちゃになってしまうとさらに面倒です

防衛本能は人間に備わった機能ですが、それを間違えて使ってしまうと他者に怒りを覚えたり世の中に不満ばかりを言う人になります
実際の危険から自分の身を守るのと、自分が好きだから自分を守りたいは違います

これは歪んでいます
自分が好きなのと、自分を守るは別問題です
もし本当に自分を守りたいのなら、自分を愛することを否定しないことなのだと思います
ただシンプルに私は自分が好きなんだな、ということ
それを毎日何度も自分に問いかけてください

あなたは自分のことを好きだし、愛していると思いますよ^^
自分を好きになるのに理由は必要ないんです
自分を好きになるための理由を探すから、なかなか好きになれないんです
自分を好きになりたいのは、今の自分を受け入れられないもしくは嫌いだと思っているからですよね?
でも自分を嫌いなのは、好きだからなんです
勘違いしているだけです
それが分かれば、ちょっと変わってくるんじゃないかな~

人は成長します
嫌いな自分を変えるために成長するのではなく
自分を愛しているから成長したいと思うし、成長するのだと思います

怒りも同じです
悲しみも同じです
自分を愛していなければ、そんな感情いらないでしょう

愛の表現を間違えて使わないで欲しいと思います
愛しているなら、優しくしてあげないとね^^

自分にも人にも地球にも・・・
でも優しさと守ることは違います
現実、事実と向き合う強さや厳しさも優しさのひとつです
自分の考えをもとにした自己防衛の行動は歪みを残します
それは事実ではないからです

もしも人から嫌われたくないと思っているとしたら、それは自分を守りたいからでしょ?
じゃ人から好かれる行動をとる(自己防衛)ではなく
自分に好かれる行動をとってください、そうすれば自己防衛の行動はあまり取らないと思います
だって自己防衛から起こした行動って、多くの場合後で悔むか自分を押し殺しててしんどいでしょ?
まず自分で自分を好きになれるような行動を選んで欲しいです

今回の独り事はちょっとわかりにくい文章だったかもしれませんが、少しでも何かを感じてもらえたら嬉しいです^^

次回は、ハート、マインドとは別の「意識」について書いてみようかなと思っています
意識の世界を文章で説明できる表現力が私にあればいいけのだけれど・・・

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