Makiの独り言

Makiの独り言詳細

バランスを取り戻す


映画「食べて祈って恋をして」を観ました。コメディなのかしら?と少し小馬鹿にしていたので見損ねていましたが、所々共感できる内容でした。いろんな経験(恋)をして経験をしすぎて自分を見失い、臆病になる。そしてそんな自分に疲れ果て、嫌気がさし、自分探しを始める。世の中の女性に多いですよね。私もその一人です、しかし臆病な自分を知りそんな自分に嫌気がささなければ成長は起こりません。ひと休みして傷が癒え、バランスを取り戻したらまた動きはじめなきゃね。

決して新しい自分になる必要はないと思います。映画の中でも何度も出てくる言葉でしたがバランスが大切です。人は自分を嫌うと好きになれる自分を新しく作り上げようと頑張ります。でもそれって少し変だと思います。自分の自我から離れるのと新しい自分を作るのは違います。心が疲れている時って、バランスが乱れて道を見失っているだけなのだと思います。自己探求とは自分を新しく作りなおす事ではなく乱れたものを正しくなおす、調和を取り戻す事だと思います。そしてそのバランスのとれた調和のある状態で生きなおす事だと思うのです。理想の自分になろうともがけばもがくほど道に迷うか、人生に摩擦が増えます。理想の自分って所詮は乱れた自分が描いた理想像なのでどこか歪んでいるはずなのです。バランスを取り戻して、ただシンプルにその自分を生かす行動をとればいいだけなんじゃないかな?

バランスの悪い人は何かに執着依存している人です。それは権力かもしれませんし、お金かもしれません。もしくは自分の考え、信念のようなもの、他者や自分自身かもしれません。それが何であれ偏りすぎると周りが見えなくなります。それを得ることのみが自分を満たし幸せにしてくれるのだという幻想錯覚を生み出します。その幻想に浸り過ぎると強い意志のような信念をもつようになります。最悪それを手にしようと行動している自分に酔ってしまい中毒になります。それが執着依存です。自分自身の考えや行動に執着している人ほど面倒なものはありません、そういう人は常に自分と違う考えや行動を否定します。自分の考えや行動を正当化するために他者を否定するのです。そして気持ちがおさまらなければ気に入らない相手を排除しよう争いが起こるのです。これって変でしょ?自分の考えが正しいと信じるのはいいですが、自分の考えを正当化するために他者を攻撃するって完全に自信の無さの表れです。自信があるな他者がどうであれ主張せず黙って自分の信じる行動をしていればいいのではないでしょうか?黙っていられなくて自分の考えを表現したいのであれば好きなだけすればいいと思います。でもそれだけです。それが世界の中心でも正解でも真理でもありません。ただ自分がその考え方、生き方が好きなだけです。その考えを持つ人の割合が多くても絶対ではありません。「自分はそう思うよ、この考えが好きだよ」と語れば済むことだし、それに共感してくれる人たちと一緒に行動すればよいだけです。それなのに誰が正しいかを競い合うのは歪んだ行動だと思います。

時には討論してでもひとつの答え結論を出さなければならない時があります。どちらの考えが正しいかを争うのではなく、今の状態をよりよくするためには何が必要かを話し合う事ができれば適切な答えや解決策が出るかもしれません、しかし自分の考えにだけ囚われ今が見えていないと争いへと発展してしまうでしょう。全ての争いが悪いわけではないかもしれませんが、無知からくる愚かな争いは避けた方がよいと思います。無知とは自分の考えや一つの結果だけに囚われている状態です。そこには愛も平和も自由も存在しません、自分のマインドの奴隷状態です。愛の表現はいろいろです。沈黙の愛もあれば行動の愛もあります、優しい愛もあれば厳しい愛もあります。もし争う必要があったとしても愛を持って争いに参加して欲しいなと願います。

私も争いをたくさん経験しました。自分の考えに囚われて自ら争いを起こしたことが何度もあります。私は負けず嫌いで勝気だったので人よりも争い率が高かったと思います。その時は「正義だ!」とか思っていましたがその行為がいかに無知で愚かだったか、今ならよくわかります・・・恥ずかしい限りです。^^;

日々自分を見つめ続け、精進あるのみです(笑)

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