Makiの独り言

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瞑想の選び方


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今日は、瞑想の選び方というテーマ これでこの選び方シリーズも終わりかな?^^

 

瞑想を選ぶというと、瞑想自体を選ぶという意味と、瞑想の種類を選ぶという意味がありますよね?

瞑想自体の選び方は、結構簡単です。ある程度瞑想が何かをわかっているなら、やりたいか?やりたくないか?それだけです。瞑想が何か?がわかっていない人は、瞑想についてネットで理解することも出来ますし、各教室に問い合わせて見るてもいいでしょう。

瞑想自体にも沢山の種類がありますし、私が教えているのはフルフィルメント瞑想ですが、それ以外でも沢山の瞑想テクニックがあります。どれが自分に効果的か?なんてやってみないとわからないので、当たり前ながら各瞑想紹介に書かれてある内容で、自分が興味をもったものを選ぶというのがいいのではないでしょうか?

 

フルフィルメント瞑想の中のメニュー選びについては、普通にコア(基本のマントラ)でいいと思います。時に、人によってはババジが合う人必要な人、それ以外のものが合う人必要な人もいます。それはコアの一つ一つをしっかり体験し定着しなにかしらの変化や効果を得たら、講師によって次へと進むアドバイスをもらうといいでしょう。さっさと次々進んで何もわからない得られないだとお金の無駄です。次々と新しいマントラを受けたい気持ちはわかりますが、受ければいいってものではないです。道具と一緒です。包丁にしてもど素人がプロ使用の包丁何本も持っててもあまり意味ないですよね?^^; 

 

さて、ここからが本題。

私はフルフィルメント教師なので、他の瞑想を批判するつもりはありません。自分の教えていることについて書きます。

瞑想とは何か?を分っていないと、瞑想=悟り、宗教、奇跡を起こすツール。などのように簡単に解釈されがちです。瞑想とは自分の心を静寂に保つものだし、肉体、精神、魂のバランスを取るものです。そして最終的に悟りの境地(自分の本質)へと向うためのテクニックの一つです。瞑想したから幸せになるとか成功するとかではなく、それらはバランスが取れた結果付いてくるオプションのようなものです。そして悟れば幸せになるという意味でもありません。悟り=幸せと変換して、瞑想を始める人も多いと思いますが、そもそも自分が望んでいる幸せが何かを理解していないと、たんなる欲求を満たしたいという思いを幸せと思っているだけかもしれません。そもそも悟り=欲求を満たす、では間逆に近いので少し違った選択になるわけです。そして悟りの過程には自分と向き合う自分を発見し本質に戻るという作用が働くので、逃げ癖のある人や、他力の人は瞑想すればするほど少し大変になってくると思います。しかし、逆に自分を知りたい人、自分を整えたい人、自分を使いこなしたい人にとっては、この上なく最高のツールになるのではないでしょうか?そして、自分を知り、バランスが取れるとあらゆる恩恵があります。能力アップ、健康、コミュニケーション、精神の安定などなど数多くの効果がでると思います。

 

中でも良くある勘違いが、「悟れば幸せになれる」と思っている人です。これは世の中の情報の偏りと理解力のせいでしょうね。悟るにはそれまでに色々な変化が起こっているはずです、まず第一に幸せの価値観が全く変わります。悟る前にあなたが欲しい幸せなんて既に手に入っているか、逆に欲さなくなっていると思います。もちろんマインドの欲求を満たすだけの快楽的な幸せは求めなくなります。マインドの質も変わり、物事を複雑にも捉えていないでしょう。そうやって最後の最後に悟りのドアが開くのだと思います。不幸な人がある日突然悟って、一瞬で全てが整い幸福になる。なんて奇跡的なものを期待して瞑想するのは一番危険でしょうね。実際、悟らなくても幸せや、成功を手に出来ますよね?

 

まぁ、実際瞑想についての過大広告のようなものもよく目にします。簡単に悟れるとか、瞑想したら幸せになれるとか、瞑想したら成功するとか・・・。これらは本当でもあり、嘘でもあると思います。第一にまず、瞑想だけで簡単には悟れないです(笑)。瞑想で簡単に悟った人を実際見たことがないです。瞑想によくある現象で一時的に意識が広がっただけなのに悟ったと勘違いしてる人や、神秘的な体験をしてそれにつかまりお馬鹿になっている人などはよく見かけます。これらは誰にでも起こる経験の一部です。長期瞑想中などには、多々意識の広がりを感じ全てと一つになったような気になります。これは普通に誰にでも起こる現象です。でも現実社会に戻ると消えてなくなります。ドラック使用者でも同じような経験をします。これらを通り越してそのずっと先に悟りがあるのに、これらを悟りと勘違いしている人は一時の幻想から抜けられず、逆に軸のずれた大変な人生になると思います。瞑想中の神秘的な体験ばかりを追いかければ、悟りから一番かけ離れた瞑想を続ける羽目になるでしょう。

オウムがいい例なんじゃないでしょうか?始めはみな純粋に幸せを求めていたはずです。それが神秘的な体験を繰り返すうち、能力への執着になったり、あらゆる歪んだ妄想にとりつかれたりしたんでしょうね。

もちろん長い瞑想経験の中で、神秘的ともいえる経験はあります。ここはかなりの上級体験なので、まず初心者には必要ない話でしょう。そして通常の人生にあまり必要ないと思います。

 

人間の脳って、あらゆる幻想や妄想を瞬時に生み出してしまうし、脳の生む摩擦やただの反応をスピリチュアル経験と勘違いして理解してしまう人が多いのが勘違いの原因です。もちろん時には遊び心も必要です。瞑想中の煌びやかな経験を一時の遊びとしてとらえて楽しむのは問題ないと思います。しかしそれに囚われてしまってその幻想から抜け出せなくなるのはよろしくないのではないでしょうか?

 

実際、フルフィルメント瞑想の経験で、ゴミだらけのまったく集中できない瞑想は正しい瞑想の体験です。無理やり集中しようとか、何か神秘的幻想的な経験をしようとかするのがおかしいのです。そういう瞑想ばかり経験している人こそ正しく瞑想ができていないと思います。

ゴミだらけの瞑想の中に、静寂を発見し、その中間に位置し、そこでリラックスする。そしてただ在りのままに、起こるままにさせる、見る。自然にそうなるまでただ待つのが瞑想の練習です。無理やり雑念から離れようとか、深く入ろうとか努力するのは違います。

 

正しく瞑想していれば、数ヶ月でその感覚はつかめるでしょう。そして1年もすれば、自然とリラックスできるようになりマインドの掴む癖も半減し、意識を使って生きる今までよりはるかに楽な人生になっているでしょう。そのうち自然の流れに乗る事だって当たり前にできるようになります。既に自分のマインドから解放され自由を感じているでしょう。そしてさらに瞑想を続ければ、自分で流れをうみだし、沢山の創造ができるようになっているでしょう。正しく瞑想していれば、これらは簡単なことです。途中からは教わらなくても自動的にそうなります。そうあるのが本来の人間の姿だからです。今はただ少し歪んでいるだけです、その歪みを取るのが瞑想なのです。

 

なんででしょうね。いつから瞑想が楽で簡単な奇跡のツールと化してしまったんでしょうね。もちろん瞑想は誰でも簡単にできます。瞑想は目を閉じて座ればいいだけです。しかしそれで望む結果が出るという意味ではありません。

長くやってる私からすれば、瞑想はかなり簡単です。そして瞑想のある人生はとてもシンプルで素晴らしいもです。苦はほとんど無くなるでしょう。でも通常皆さんが思っている簡単や楽とは少し違うと思います。これが理解できるまでには、人それぞれかかる時間が違います。2ヶ月で理解し体感する人もいれば、何年かかっても理解出来ない人もいます、というより受け入れられない人かな。

 

瞑想を選ぶのであれば、それまでの自分の価値観や知識を手放し、ただ座ることが出来る。そして新しく生まれてきた自分(意識)を使う練習をすることが大切です。いくら古いマインドを上手に使いこなしても限界があります、沢山の知識を入れようが、学ぼうが、たかが知れているでしょう。逆にそれらにより余計に身動きが取れなくなったり、ただただ頑固になるだけです。瞑想により目覚めた意識と共にマインドを正しい方向へと導くことが必要です。何年瞑想したって古いマインドを使い続けている間はあまり変化は起こらないでしょう。

 

夢も希望も無いような内容に聞こえるかもしれませんが、夢や希望ではなくリアルになるのです。幻想妄想から抜け出します。ちっちゃい自分が望んでいたより、はるかに素晴らしい人生になると思いますよ^^

これは経験した人にしかわからないものです。しかし、これが本当の奇跡なのだと思います。

 

奇跡を味わいたい方は是非瞑想を選んでみてください!

詳細は、瞑想者になればわかります(笑)

 

 

次回からは、タロットシリーズ再開します~♪

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